小原 英行さん(小原農園)
もう農業では食べていけない。ときより漏らす父の言葉を聞きながら、そんなに未来は暗いのかと思っていた少年時代の小原さん。田畑だらけの風景は徐々に無機質なコンクリートへと変わっていったものの、本人は半信半疑でした。本当にそうなのか農大へ行って確かめよう。そう思って進学し、4年間の学びの中から出した答えが“いける”でした。
「両親の背中を見て育ち、子どもの頃から小松菜栽培に興味がありました。しかし、こちらに価格決定権のない競りには疑問でした。例えば、ラーメン屋さんを考えたとき、お客さんが値段を決めることなんてないですよね」
小原農園が自分の代となったとき、農家のつながりを活かして、学校給食へ小松菜を出すようになります。当初は市場と学校給食の割合が9:1。その後8:2、5:5と変化し、今では95%が学校給食で、残りの5%は飲食店と病院です。
「なぜ学校給食かというと安定出荷で生活基盤を確実にするため。とはいっても契約なので、決められた量を確実に出荷しないといけないというシビアな面もあります」
契約とは約束。守ることは簡単そうで難しい。しかし自分の性格には合っていると話します。
「天候や害虫に左右されるのが農業です。だからといってそこに甘えていいはずがありません。外的要因を減らし、安定して小松菜を送り出すにはどうすればいいのか。そういうことを考え実行してきた農業人生です」
つまり“農業の工業化”。技術をとことん高めて、工業製品のように計画的に安定栽培できれば、収入がちゃんと入る、信頼を獲得できる、パイプが太くなる。そうすると収入がさらにアップするという好循環が生まれます。
工業化を考えるにあたり、必要なのが植物生理学に基づく理論です。
「根っこという組織は、水に溶けてるミネラルしか吸えないわけです。従って、土壌の水管理が重要になります。水分が最適な状態で最適な濃度の肥料を与え、葉の先端から水分を飛ばす蒸散環境を整える。糖の生成のために光合成を促すことも大切です。基本的なことですが、そういうことを組み合わせて栽培をすれば、植物は確実に安定して育ちます。ただし、バランスとタイミングが難しい。そういうことを何回も繰り返して一番いい状態を予測しながら生産しています」
害虫駆除も同じだと言います。初期、成長期、収穫期では寄ってくる虫が違います。その瞬間々々を見計らって、体に害を及ぼさない安全な農薬を使い分けて散布しています。その徹底ぶりについて本人は「自分はマニアックなので、小松菜に関して話が合う人はまずいません」

今では“呼吸”と自らが呼ぶほど安定して小松菜を作り出しています。生産の安定は品質向上へとつながり、昨年、門倉農園の門倉さんと共同運営する『K&Kファーム』が、第54回日本農業賞集団組織の部において特別賞を受賞しました。
「都市農業では珍しいようで、小松菜では初らしいです。ま、賞をもらった瞬間に評価されただけで、僕らより優れている農家さんなんていくらでもいますよ」
本人はあくまで謙虚です。今、小原さんは門倉さんとともにハーブ栽培という新しい取り組みをしています。
「江戸川区には過去にハーブで日本農業賞個別経営の部で大賞を獲得した田澤一慶(たざわ かずよし)さんという、偉大な方がおられます。85歳という高齢のため引退するのですが、後継者がいません。このままでは日本の農業にとって大きな損失になると思い、引き受けることにしました。僕らが継ぎますと言ったら、今まで15種類だったハーブを突然17種類に増やしたんです(笑)。ハーブ栽培の経験? ないですよ」
それでもやるのは家業を継いだときのように“いける”と思ったからです。今や江戸川区にとどまらず、日本全体を視野に入れて農業を進める小原さん。今後の活躍に注目です。

Profile
小原英行(こはらひでゆき)さん
年齢/47歳 農業歴/24年
主な生産/小松菜、ハーブ17種類
性格自己分析/努力をやめたら自分を嫌いになってしまう性格
(ライター:滝沢ヤス英)








