富井 茂和さん(長寿庵)
2005年に小松菜うどん、翌年には小松菜うどん細切り、翌々年には小松菜そばをメニューに追加して、江戸川区民のお腹を満たしてきた『そば処 長寿庵』。小松菜うどんのエピソードは有名だが、小松菜そばは陰に隠れた印象だ。
「生麺の小松菜うどんは在庫を増やせないので売り切れることが多々あり、お客様に申し訳ない気持ちがありました。小松菜そばを作るにあたっては、品切れを防ぐために乾麺にしようと思いました。乾麺ならお土産として販売することもできますし」と語るのは店主の富井茂和さん。
生麺と乾麺とでタイプの異なる小松菜うどんとそば。それ以外にも小松菜の含有量に違いがある。
「小松菜うどんは、最初は10%の含有量で作ったのですが、もっと入れてほしいという要望がありました。そこで量を徐々に増やしながら試作を続けていったのですが、20%を超えると今度はえぐみが出て、食べづらくなるということが分かりました。結果として20%で着地したというところです」
小松菜そばを開発する際も、うどんとのバランスを取るために同量の20%を目指した。しかし、そばの特質上、それは難しかった。
「小松菜の酵素がそばのつながりを阻害するらしく、20%だと麺が切れてしまうんです。生産する工場からは色粉(着色料)を使うのはどうかとのお話がありましたが、断固拒否しました」
妥協しなかったのはそば職人としてのプライド。工場の方と何度も話して、適正な含有量を見つけるべく試行錯誤しながら小松菜そばの完成を目指した。
「色粉を提案した工場側も、商売人としての意地があるからちゃんとつなげてきますよね。最終的には8%にすることで小松菜の色をなんとか維持したまま、そばが切れない状態まで持っていくことができました」
そのようなある意味“ぶつかり合い”をしながら世に送り出したのが小松菜そばだった。
そんな富井さんは、過去に小松菜最中にトライしたことがある。
「江戸川区のイベントのために小松菜最中を作ろうと思ったのがきっかけでした。最中の皮に小松菜を混ぜ込んだものだったのですが、小松菜の酵素がやっぱり邪魔するんですよね。そばのときと同じように最中の皮が割れてしまいました」
一応完成まではたどり着いたが、商品化は進めなかった。最中は断念したのに、そばは諦めず。その違いは“そばは本職”という職人としての熱量なのだと富井さんは語る。
その小松菜そばはメニューとして加わって以来、お店でのオーダーはもちろんのこと、お土産品としても人気を得ている。
(ライター:滝沢ヤス英)